遡上とは

 

朝食には鮭を食べるのが一日の始まりを景気づけてくれる。カツ丼を食べ競技の勝利を願う運動会前夜の様に、何かのおまじない的な意味が朝食の鮭にはあると僕は思う。鮭の焼ける匂いと油のパチパチと弾く丸い音が朝の目覚ましになり、味噌汁と白米の湯気が顔にふきかかり、口にほうりいれた鮭は体の中を遡上していき新しい一日の自分を覚醒させてくれるわけだ。

 

なにかと鮭に執着していて朝は絶対鮭がいいみたいなポリシーがあった。それは昔から鮭を身近に感じてたからなんじゃないかと思う。海へ出た鮭が川へ帰るとき。シャクれた逞しい顎に鋭い歯、燃える深紅の身体。川の中をおおき炎が泳いでるかのようだった。白い飛沫をあげ飛ぶ姿は太い矢のようにみえた。それはある種、僕が憧れる男性像なのか。

 

鮭達のライフイベントで一番盛り上がるという遡上。死に物狂いで川をのぼっていく姿は普通に暮らしている僕達よりも生命力にあふれている。男女ともに赤いタキシード、ドレスをきて激しく愛を求める彼らはどんな青春映画よりも輝き、どんな官能小説よりも艶やかで、人生のトライアスロンをしているのだ。燃えている命、川縁に押し上げられ尽きた命、たたき棒で殴られ燃えつきてしまいそうな命。そう、僕の目の前には幾千の命が滾っていたのだ。なんてシネマティカルな景色なんだ。

 

 

だが酒も煙草も知らぬ前に死んでいってしまうのだ。「最後に一服喫ませてくれ」なんても言えないのか。だがきっと彼らは大きな海と長い川の世界を知っているのだろう。

僕らは僕らの遡上を始めよう。