水面の意識

 

友人にK大学出身の男がいる。K大学と聞くとノーベル賞などの高い知識や学力があることを想像するだろう。彼も勿論のこと冴える頭に冷静な判断力がある。僕が風邪をひいいた時「一日百回くらいクシャミをした」と彼に言ったらすかさず「一日十二時間起きていたとして七分に一回クシャミをした計算だね」と言われてしまった。 話し方も趣味も冷静で趣味は古典の読書、人の話を聞くのが好き、それでもって自分のことはあまり話してくれない。

 

その夜は二人で代々木八幡駅近くの餃子屋へ行った、二軒目へ行くのにも空いているお店がなく彼の家で一杯やることにした。コンビニで酒やらつまみを買った。明日は何があるのかと尋ねると彼は北海道へ出張だと答えた。北海道への出張なんてさぞ羨ましい。朝八時の便で行くと、酒を飲みベラベラ話していた。深夜四時頃だったので寝なくて良いのかと尋ねると「このまま寝ずにいくよ」と彼は答えた。僕の方はもう眠すぎてベットを借りて寝ることにした。めざまし時計の設定も大丈夫かと聞くと平気だと答えていた。さすがK大学の男は何事にも冷静で自分の管理もできている。僕と言ったら人様の家に上がりこんで住人よりも早く就寝に至る。いったい何様なのか。だが睡魔に勝つことはできなかった。

 

秋の冷たい風に霞を切り抜けてくる小さな光の粒がまぶたを優しく通り抜けるのが分かった。パッと目が開けた瞬間、第一に見えたのは『おしまい』の文字。おそるおそる目を隣に向けるとそこには、盛大にいびきをかく男。まさかのまさかであった。あんなにも冷静であり計画的な彼が今寝ている。僕はすごくこわくなった。この陽のさし方、外の喧騒、朝は八時をすぎているに違いない。時計をみると午前七時五十分。彼を起こそうか起こさずこっそりと出ようか迷った。『何事もなかったかのように家を出ればいいんじゃないか』そう心の中で何かが呼びかけてた。そうだ何も痕跡を残さずその日の事はなかったことに。その日会ったことも一緒に酒を飲んだことも全て幻想。「彼は夢をみていた」ってことにしようと。

 

家に押しかけて先に寝て、先に起きて。彼は彼で早起きしないといけなくて、よりによって出張があって。なにもしていなくても悪いのは僕なのではないかと。自分自身に罪悪感を抱いた。僕のせいだと。けれどなんて声をかけて起こせばばいいのか分からず「あ、あのお時間が、」ととっさに変な敬語を使って肩を揺すった。

 


そうやって他人の人生に介入していくことが恐ろしく感じる時がある。少しのズレが僕らの生き方を勇気づけたり、傷つけたり、狂わせたり、早めたり、遅らせたり。ほんの小さなことが大きく影響してく。水面に広がる波紋は小粒の石でさえも遠くに行く頃には大きな波になったりするものである。

 

ぶつかる時はタイミング。それがいい時もあれば悪い時もある。あなたの波とはいつどのように打ち合うのか。波は呼応し続ける。