千日紅

友人との関係においてその人とどう向き合うかはとても難しいことだと思う。友と一概に言ってはいけないような気もするが、みんな友達のようだとも思っている。ただそこにはバラバラに別れた細い糸の様なものがあって私とあなたとを微妙なバランスで繋げている気がする。例えばそれは彼女の優しさに繋がっている糸であり、几帳面さに繋がっている糸でもあり、律儀さにつながっていることもある。だが全てがいい所どりという訳ではない。悪しき糸というと大袈裟だが僕らが苦手とすると糸もみんな持っている。なるべくいい糸だけを集めて行きたいところだが。彼は言葉で狂わす誑しであり、大酒飲みで、金遣いが荒く、可愛がられたがりで、一つ返事で「よい」と言いにくい糸も存在する。数多くの細い糸や太い糸が僕らには繋がっている。
 
散々繋がっているといったけれどむしろそれは彼らから出ている糸でそれを僕らは上手くつむいで自分のいい様に編み直している可能性の方が大きかもしれない。「むすんでひらいて、てをうってむすんで、またひらいて、てをうって」相手の糸と自分の糸を結んで調整の為にひらいてまた結び直す。相手との一体一の関係の為にあらゆる手を打ってゆくのだ。きっとあの童謡によって相手に対して手を打つ事を僕らは早い段階から教えられてきたに違いない。
 
あの人と仲良くなりたい。そう思っても僕らが思うような仲を作る方法なんてどこにも存在しない。料理のように一応手順はあるがそれを知っていたところで早く仲良くなれる訳ではない。どうしたら気になるあの子と仲良くなれるのか。
 
まず君には恋人がいなく、昼は会社勤めで週末はお休みというふうに設定しよう。まず君たちは気になるあの子とどう接点を持つか考えるだろう。映画や美術館、喫茶店、飲み屋に遊園地、友達を混ぜての食事。君たちはなるだけ自分が有利に立てる条件を選ぶだろう。僕らは人間だから不利になる事を反射的に恐るだろう。だがまずその不利なことにたいするスリルを味わってほしい。ちょうどそうだな熱く沸騰したお湯の中のパスタの麺の硬さを確認するときの気持ちと似ているかもしれない。熱いけれどのびる前に確認しないといけない。その時パスタは僕らよりも優位にたっている。パスタ>私たちという様な図式ができあがる。僕らが圧倒的に不利である。だから自分が有利に立ってどうするのか。気になるあの子よりも優位に立つ事がその子に近づくことなのか。僕はそうではないと思う。まず自分自身を不利な立場に落とし込め。
 
連絡がこない、予定を合わせてくれない、相手の好意を感じられない。そな時君たちはどうしてでも気になるあの子に会える環境を作り出すだろう。気になるあの子の友達に連絡をとってみたり、あの子が行きそな場所にいってみたりと、気になるあの子を思う気持が前のめりになり気味がわるいストーカーに君は自然となってしまっているのだ。気をつけていただきたい。積極的なことは良い事だが相手がそれを求めているかは分からないからだ。相手のことを思うと自然とそれは伝わってしまうので、伝える事や行動に出すのはまだ先にしていただこう。まず我慢をしなければならない。それは忍耐である。何もするなと言うことだ。電子上の口説きは御法度。君がなにもしないで待っている時間が大切なのだ。世は不条理、君があの子を思えば思うほど気になるあの子は君から離れてしまう。あの子を忘れる時期を作れ。
 
気になるあの子の為に生きるのはやめよう。あの子の為に格好をつける必要もないし、見栄を張らなくてもいい、あの子を考える時間で君は他のたくさんの人と知り合える。友達も増えたんじゃないかな。そしてなんだか顔がすっきりして見えるね。肌つやもいいし、目も輝いている。前よりも生き生きしているね。大切な人を見つけるのもいいけれど、先ず君たちの周りを見てごらん。素敵な人がたくさんいるじゃないか。周りを大切にできない奴は一生モテないし気になるあの子も振り向いてはくれないね。振り向いてもらうんじゃなくて振り向いてほしいと思える存在に君がなろう。
 
君は君自身のために生きるんだ。そんな「気になるあの子」と。