シャベル


煙草の灰、日焼けしたカーテン、欠けた歯、不味いコーヒ、傷だらけの手、進まない秒針、汚いスニーカー、割れた皿、切れないシャッター、破けたソファ、枯れた花、果物の皮、知らない人、グラつくテーブル、かからないエンジン、つかない電球、サドルのない自転車、残高のない口座、ヒビが入った卵、穴のあいたジーンズ、背もたれのない椅子、夜逃げした店、つまる排水溝、捨てられた犬、弦の切れたギター、穴のない針、空いた腹、シワだらけのシャツ、折れた枝、錆びた鏡、貝殻、カセットテープ、溢れた砂糖、すられたマッチ、濡れた本、寝過ぎた午後、遅れる電車、ねれない夜、つかないテレビ。


足りていないものを追うことには情熱がある。

 

埋めようとシャベルで穴を掘る。力強く、地面に向かって突き刺す。脚でより深いところへ押し込みそして持ち上げる。メキメキと草木の根が切れる音、土の中の小石がシャベルの刃に当たる音がきこえる。手はしばらくの間シャベルの枝と一緒になる。まるで長年の友達かのようにぎっちりと握手が交わされている。血が逃げるほど強く握られた手は白くなってしまっている。額からは汗が流れ、身体は熱り、外の空気がいつの間にか冷えていることに気づく。だか決して気温が下がった訳ではない。 振りかざすその腕に触れる冷涼な空気を肺にすいこみ、荒げた熱い息をはく。君は機関車。

 


穴の中には夜があり、土のやまは陽を浴び表面が乾き白昼ができあがる。だから穴を掘る時そこには夕方がうまれる。君の見ることのない西陽。

 

 

 

そこには一匹の小さな蛇がいた。田んぼや草陰を好み彼は暮らしていた。食べるのはカエルやミミズなど小さいものだけ。身体は他の蛇達と比べるとそんなに大きくないから目立つこともなく静かに過ごしていた。公園で遊んでる子供をみたり、散歩中の犬に吠えられたりしていた。

 

 

その蛇の楽しみはたまに通る近くの家で女の子をそっとみることだった。日下子と呼ばれている女の子は白い肌に細そい手脚、艶のある黒い髪をもっていた。もし彼女が少しつり目なら、蛇はお嫁さんにしたいと考えていたが彼女は少し垂れ目であった。


庭でままごとやブランコにのって遊ぶ日下子をみにいき、やはりもう少しつり目ならばと蛇は飽きることなく思った。

 

日下子は一緒に遊んでいた男の子によく泣かされていた。気の荒い男の子に自分の人形をとられたり、泥団子をわられたり、仲はいいもののそんな男の子に疲れることが彼女にはあった。

その日の午後も日下子はお気に入りのビー玉を奪い取られ縁側に腰かけ小さな涙を流していた。落ちた涙も残ることなく暑い日差しに負けたていた。

 

蛇は彼女に声をかけようと思いそっとスルリと蛇らしく近づいた。そして日下子の足下までやってきた。近くでみる彼女はおもったよりも大きく感じられた。蛇は顔をあげ「ツリ目にならないかと」問いかけた。

 

日下子は涙に滲む蛇をみた。縁側の床板がタダンダンダンと音を立てた。日下子は大きな声をあげ家の中に消えていった。


あんなに大きな音を立てられては一緒にデートにすら連れていってあげられない、カエルを食べにもいけないと蛇はおもった。そして蛇は田んぼに行こうとおもいその庭を通り抜けていった。すると蛇の前に大きな影がおりた。蛇は彼女が戻ってきたと思い顔をあげた。だがその姿は日下子の背丈よりもグンと大きく、その顔を見ることはこの強い日差しの中では出来なかった。キラリと光った何かを蛇はみた。それが蛇のみた最期のものだった。

 

男の子の祖父母は大の蛇嫌いであった。名前を聞くのもいやがるほどった。蛇を殺したのは男の子の祖父だった。鋭いシャベルですばやく身体を四つに分断した。シャベルの音は血のにおい。


蛇が殺され泣いたのは日下子ではなく男の子だった。お墓を作ったのも男の子だった。


穴は埋まるけれどまた新しい穴がうまれる。