嘘飼い

 
嘘は自分の首を絞めると言うがその通りである。私は今にも息ができなくなりそうなほど鼓動があがり、息をするのを忘れてまで嘘を考えている。嘘に嘘を投げ込み話す言葉の端にその嘘の香りをつけぬよう巧みに会話をしなければならないのであった。マヌケである。どこにいるのかと聞かれた時には十駅も先の電車に乗っていると嘘をつき。友達の家に泊まっていたと嘘をつき。前の同僚友達と会うと嘘をつき。だが嘘は勝手に一人歩きをしてしまう。私たちがその綱をキツく握っていないと、たちまち飼いならされていない犬の様に走り出し人に噛みついてしまう。大きな嘘ほど飼い慣らし難いものである。小さい嘘が大きな嘘を連れてくることもあると言うことも決して忘れてはいけない。
 
嘘は飼うものではないのだ。
別に嘘をついたわけではない。