馬車道

 

 

一人で山へ登った時、森の鬱蒼とした暗さ茂みの暗さに足早に森を抜け山頂へ向かったことがある。自分の目には見えない影の奥から何か大きな怪物がやって来そうだと感じたことがあった。誰もいない山道をひたすら歩いて行った。最初は陽気にイヤホンをつけ誰もいない古い馬車道を軽快に登っていた。

 

だか森のあまりの静けさに普段の生活では遮断として音楽を聴いていたのだと気づいた。周りの喧噪から離れるために自分だけの空間を音楽でつくる。BGMとしての音楽はその場をカスタマイズするためのものだったのだと気づいた。

馬車道を歩くなかイヤホンから聴こえる音楽は山へは響かず僕自身の耳の中でこだまし続けた。その音が妙に生っぽくきこえ、気分が悪くなってしまったのを覚えている。小雨の降るなか自分の鼓動の方が大きくなり、カッパのしたの肌には信じられないほどの汗をかいていた。

 

目の前の道は開き続けるのに、背後の道はどんどん閉じていき追い詰められているような気分になった。水分補給をする度に誰もいない背後を振り返り何もないことから感じる恐ろしさを感じていた。

 

山腹の小屋で吸った煙草の手は少し震えていた気がする。

 

そこから山頂へ向かうが大きな霧と雨にのみこまれ自分がどこへ行っていいの分からなくなってしまった。さっきまで見えていた稜線はぼやけてしまい、足元の見えない僕を谷の底へ落とそうと強く風が吹き始めた。予定していた道は諦めとりあえず山頂へ向かおうと急斜面を登った。


自分がどこへ行けばいいのか分からなくなった時、目標としていたもの、予定していたものあらゆる点が消え始めた時どうしようもない恐怖に襲われる。失うことへの恐怖が失ったことへの恐れに変わり、過去が未来へ呼びかける声が鈍くなる。未来からの声は希薄で過去の大きな怪物がその行く手を阻もうと僕らの足を握りしめその先へ進もうとさせてくれない。

 

現状のバネは弱まるばかりで先へ跳ぶ力は過去の経験的脚力で決まるのだろうか。

 

恐いと感じること、おそれについて。恐れるものへの対象がなんであろうと適量の恐怖はいいことだろう。だか分量をあやまってはいけない。