ランプ

陰りのある顔や、ほんの少しの微笑みなど不意に目にとまる表情の方がしっかりとした表情より説得力があるのかもしれない。悲しそうな伏せ目や戸惑う目の漂いに嬉しさを隠していたり。そういう表情を集めて他人の感情や気持ちを読み取ろうとすることは悪しくも相手からの察しを受け入れていることになるのか。察し背中を撫でてあげることが優しさとは限らない。春の嵐のように強く吹き飛ばしてあげることも必要だろう。寒さに感謝する事はあまりない。あたたかさに雨音にしっとりとした街並みをいく人々の足音にも小さな春がきているに違いない。
 
 
忘れないように書き留め、忘れないように写真を撮って心を亡くさないように生きるには多少やる事が多すぎるかもしれない。家にあった木の名前とか親戚の年齢だとか、弟の彼女の名前だとか、前住んでいた家の郵便番号だとか覚えなければならない事が多すぎる気がする。中学の同級生の名字なんかもあまり覚えていない。松田、馬場、郡司、翼の名字は忘れてしまった。佐々木に織田、日下部、柏原、成田に山川、荒井。 双子の姉妹の名字は相川だか相楽だか。陣内もいた気がする。
 
海辺でシーグラスを集めたのは覚えている。それでランプも作った。
拾い集めた物の中に灯りが宿る。