02/19/2015

2/19

西門町にやって来たて感じたこと、台湾の原宿と言われてるらしいがそれ以上に活気があり人がおおく。日本以上の熱量がある。風の匂いもどこか、香辛料や食べ物の匂い、御線香の香り、全て入り混じり、暖かな風にのっている。人々はお客に気を使うと言うよりも、当たり前だか全てが彼ら軸の回転であり、その回転と回転が混じりあい、色々なところに渦をなしている。正月特有なのかもしれないが。
 
2/20
台北2日目、フランスの女の子と観光しをした。旅の醍醐味として他の国の人と仲良くなると言うことがある。完全に彼女の渦に飲まれながらも楽しく観光地を回れた。観光地はあまり好きではない。観光地でしかないからかもしれないし、そこに現地の人はいないも同じ。
街全体のもつ喧騒と言うよりも、地を蹴り起こる砂埃のように霞んでみえなくなってしまう感じかした。違うわけではないが本質が本質を形成するものとは別の何かがある。これもまた渦であるきもする。
 
2/23
電車の中で最終駅に向かう途中、高校生位の若い子がいた。年配の方に席を譲る。日本でもある風景だが帰り際にお礼を言うなど温かい風景がみえた。家族連れ、友達などみんな賑やかに笑い会話をしている。彼らはより温かく家族を思いやっていて良いなと感じた。日本にはない温かさ活気がある。人々が温かい風を吹かせている。生温いその風は渦をまき、渦と渦とが触れ合った瞬間火の粉が舞い上がり後に煙が立ち、辺りを霞ませる。その霞はゆっくりとその風に溶け込んでいっている。
 
当たり前なのだけれど彼らは何処かに帰る、けれど薄い霧から濃い霧へと吸い込まれてくように静かに彼らはいってしまう。戻る、帰るとゆう表現よりいってしまう、アウェイ 。流れ続けるそれは、何処かにいってしまうようで。喧騒が静寂へとなる瞬間が確かにそこにはあった。深い霧へと帰っていく。
 
その温かいその風は人を豊たかにする。遠くから爆竹の弾ける音が聞こえてくる。花火の音が聞こる。旧正月最後の日の夜、爆竹の音が雨を誘ったかのように沢山の雨が降った。爆竹で旧正月を祝うのと同じく、雨も最後の締めくくりとして盛大に音を鳴らした。ずっと続いていた。昼頃目をさますと空は輝き、昨日までの霞は何処かへ流れてしまったかのように思えた。街には人が溢れ、閉まっている店も顔をみせ、学生が街を歩き、会社員がタバコを吸い、彼らの生活が始まっていた。