遠くの舞台

事には「勢い」ってのがかかせない時が多々あるはずだ。じっくり考えるのは後でもいい。やってから考えればいいのだから。やらなかった後悔よりやった後悔の方が経験にもなるわけだし。特に若い時なんて何をやっても経験になるし物事を始めるのに遅い事はないのだから。そう思うと今の自分には勢いが足りない気もする。だって始める前に考えてしまうから。町を歩いていて写真を撮るときだけその感覚が薄まる。シャッタをー押すそれだけ完結する気持ちよさは何にもかえられない。
 
3人暮らしを初めたのもう二ヶ月も前の事になる。最初は楽しい新しい家に新しい環境、新しい仕事、新しい人。全てが新鮮で搾りたて。濁すものもない。透き通った熱々のスープには湯気が立ち込めている。煮込むとどうなるかが問題である。灰汁がでる。それをどうとるかも、僕らの関係性はいつも進化していく。それは僕と君とも全ての人の中に小さなハンドルがあってどう運転するかでカーブを曲がれたり曲がれなかったりする。相手の力に寄り添うことも、逆に少し引いたり、妥協することも必要なのかもしれない。
 
どんなに長く一緒に暮らしていても気にくわない事は沢山あるし、関係が長いからこそ歯を食いしばれなくなる。だから苛ついたことや怒りそうなことがある時は面白いと心の中で呟けば大抵の事は映画や小説のシークエンスになる。くすっと笑えるコメディのようにね。
 
 
怒らない、いじけないって言う目標を立てているのだけれど中々難しい。怒らない為に黙っていると「機嫌が悪いのか」と言われたりイジケていると見られたりするから。そんなように見られたくないから。終始あっけらかんでいる事と奥歯を噛みしめる事が鍵になってくるように思う。自分で言ううのも何だが意外とみんな気分屋でそうゆう様なものを眺めるのも悪くないと思った。高いタワーにある望遠鏡で目下の街を眺めた時小さくなった人の動きだけを見ている感覚に近い気がする。勝手にあてレコしちゃうみたいにね。
 
そっと心の中で相手の気持ちの脚本を書いたりね。